吉村流のお稽古
    地唄舞の解説(7)

一中節・葵の上 地唄・葵上 地唄・浮舟 地唄・口切

一中節・葵の上

天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄 三つの車に法の道 火宅の門をや出でぬらん アラ恥かしや今とても 忍び車のわが姿 月をば眺めあかすとも 月には見へじかげろうの 梓の弓の占はづに 立ち寄り憂きを語らん 我 世に在りしいにしへは 雲上の花の宴 春の朝の御遊に馴れ 仙洞の紅葉の秋の夜は 月に戯れ 色香に染み 花やかなりし身なれども 哀えぬれば朝顔の 日影待つ間の有様なり アラ恨めしや 今は打たでは叶い候ふまに 枕に立ち寄りちゃうっと打てば 今の恨みは在りし報い 瞋恚の焔は 身をこがす 思い知らずや 思い知れ 恨めしの心や 生きてこの世にましまさば 水暗き 沢辺の螢の影よりも光君とぞ契らん  妾は蓬生の元あらざりし 身となりて 葉末の露と消へもせば それさへ殊にうらめしや 夢にだに 帰らぬ者をわが契り 昔語りになりぬれば 尚も思いはますかがみ その面影も恥づかしや 枕に立てる破れ車 打ち乗せ かくれ 行かうよ 打ち乗せ かくれ 行かうよ

能取物の代表作。宇治はる編曲 能の葵の上のあらすじは、光源氏の正妻葵上は物怪に悩まされている。  巫女の梓の弓に招き寄せられた怨霊は六条御息所の生霊と名乗る。  源氏の愛を失った車争いの恥辱の恨みを述べるうちに激情にかられ、葵上を打ちすえ破れ車に載せて連れ去ろうとする。  急ぎ招かれた横河の小聖の祈祷に悪鬼となって現れた御息所は必死に戦う。しかしついに敗れふたたび現れぬ来ぬことを誓って消え失せる。  源氏物語を題材とする能の代表作です。


葵の上

謡:浮世は憂しの小車の めぐるや報いなるらん 梓の弓の音はいずくぞ
  梓の弓の音はいずくぞ
唄:もつれもつれてな 逢う夜はほんに 憎くや憎くやは鶏鐘ばかり
外に妬みはなきぞなきぞ なんなん菜種の仮寝の夢に 我は胡蝶の花摺衣
袖にちりちり露涙ぴんと拗ねても離れぬ番い おおそれそれが 誠に離れぬ番い辛気昔の仇枕
この上はとて立ち寄りて
今の恨みは在りし報い
瞋恚の炎は身を焦がす
思い知らずや思い知れ
恨めしの心やあら恨めしの心 人の恨みの深くして 憂きねに泣かせ給うとも
生きてこの世にましまさば水暗き沢辺の蛍の影よりも光る君とぞ契らん
妾は蓬生の もとあらざりし身となりて 葉末の露と消えもせば それさえ殊に恨めしや夢にだに反らぬものを我が契り 昔語りとなりぬれば なおも思いは真澄鏡 その面影も恥ずかしや 枕に立てる破れ車 うち乗せ隠れ行こうよ
云う声ばかりは松吹く風 云う声ばかりは松吹く風覚めてはかなくなりにけり
【解 説】 三下がり。作詞者不明。木ノ本屋巴遊作曲(文政元年版『歌曲時習考』による。 文化二年版『歌曲時習考』では「未詳、巴遊トモ」とある。寛政6(1794)年刊 『大成糸の節』初出。 『源氏物語』に取材した能の「葵上」をさらに三下りの唄ものに移したもの。かって 東宮妃という高い地位にあった六条御息所が、光源氏の正妻葵の上の嫉妬にかられ、 生霊となって葵の上を苦しめる。 謡曲の口説きに始まり、六条御息所が東宮妃としてときめいていた頃の回想と、勢力を 失ってからの悲しみを述べる。「もつれもつれてな」から、一転して世話にくだけた、近世風の口説きとなり、ひと番いの蝶になぞらえ、恋人との昔の逢瀬にこうべをめぐらす。 「この上はとて立ち寄りて」と、再び謡曲の詞章をひいて、嫉妬にかられるようになった現在をうったえる。謡曲の枕ノ段に続き、最後の「覚めてはかなくなりにけり」は、六条御息所の生霊が闇へと帰って行ったとともに、葵の上が亡くなったことを暗示する終わり方でもある。 各流に伝承される著名な地唄もの。謡曲に世話がかりの詞章を加える方法は、地唄の謡曲ものの特色としてほかにも多く見られるが、本曲でも、前後の能からとった堅い動きと、中段の舞独特の技法を含むしなやかな動きとの対比が面白い。しかし、前の東宮妃という高貴の女性の嫉妬が この曲のテーマであり、くだけた歌詞ではあっても六条御息所の品位をうしなってはならない。 唐織を壺折りに着付ける衣装付きの時は、中啓や打杖も使い、中段も多少堅くなる。しかし それでも舞としての面白味を見せるためには、前後の時代めいた振りとは離れた艶を表現することが必要となる。着流しの場合は扇のみでも。屏風や几帳を出すこともある。 日本舞踊曲集成A 京舞・上方舞編 編著者 岡田万里子 演劇出版社 より

地唄・浮き舟

秋くれて 峯に焦がれ紅葉葉の かずちる山のいうかずに  浮かれておつる滝川に すくいし勺にいろとめし 末の契りもたがやさん こうしてさした盃の 受けしいしゅのさと言葉 春咲く梅や藤波の よるべのぬしにせかれてせいて 身は浮き舟の仇枕

解説 作曲者不詳 光源氏なは匂宮と腹違いの薫宮がいた。宇治の館に住む浮舟は、その二人の男性に愛され、宇治川に身投げし、比叡山の僧侶に助けられて その余生を尼となって過ごしました。


地唄・口切

白雪の初音は木々にありやせん 色のなまりは見る目のくせか  さればそのこと今更に 花の咎とぞ知るは初瀬よ まだも吉野の古里寒く 衣片敷くまた折り着せて 起きていなんせな  明日の夜もあるに そんな別れのその後さえも ままの川でも瀬は変われども 花ぞ昔の都の辰巳 今朝の寝覚めに覚めては路地の  塩瀬の音の呼子鳥

解説 有名な茶人の辰巳屋平兵衛という人の追善曲 全文茶銘の掛詞で難解である。口切とは陰暦10月の初めに茶壷の封を切って新茶で行う茶事。 白雪の初音は木々にありやせん=白雪、初音共に茶銘だがここでは鶯の初音にもたとえている。
色のなまりは見る目のくせか=口切のお茶の色らしい
知るは初瀬よ=初瀬も茶銘、奈良の初瀬にかけて吉野が言いかけてある、吉野も茶銘
衣片敷くまた折り着せて 起きていなんせな=永遠の眠りについた人によびかけている
瀬は変われども 花ぞ昔の都の辰巳=もうこの世は変わっていてもあなたは辰己屋さんと言う花でありました。辰己と言う故人の姓にかけて茶所宇治が言いかけてある
塩瀬の音の呼子鳥=茶袱紗は塩瀬が良く使われている。故人は塩瀬の袱紗を使っていたらしく路次を来る平兵衛さんの塩瀬の袱紗の音が呼子鳥のように思われる。

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