地唄の解説ー4

越後獅子、 正月 淀川 小簾の戸 袖の露  猩々

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地唄「
越後獅子

越路がた お国名物さまざまなれど 田舎訛の片言交り  しら兎なる言の葉に 面白がらしそうな事 なおえ浦の海人の子が 七つか八つ目鰻まで うむやあみその網手とは  恋の心も米山の とうき浮気で黄蓮も なに糸魚川糸魚の もつれもつるる草浦の 油漆と交わりて 末 松山の白布の 縮は肌の何処やらが 見え透く国の風流を うつし太鼓や笛の音も ひいて唄うや獅子の曲 向い小山の紫竹竹  枝節揃えて細かに十七が 室の小口に昼寝して 花のかかるを夢に見て候 四季に咲きそう牡丹花の 我も胡蝶に戯れん  よれつもつれつ翅を休め あなたこなたの枝葉にとまれ ほんに心のやるせなや かおりゆかしき夏木立 夢の占方越後の獅子は  牡丹は持たねど富貴はおのが 姿に咲かせ舞い納む 姿に咲かせ舞い納む。
(解説)正月になると、越後から赤い獅子頭をかぶり、 腰に羯鼓、黄八丈の裁着に高下駄という扮装をした少年の一団が町々を訪れる。 その少年たち角兵衛獅子の曲芸は正月の大道芸の花形であった。 「越後獅子」は、それらの風俗を描いたもので、作曲は峰崎勾当である。 三世中村歌右衛門が江戸中村座で演じた七変化舞踊「遅桜手爾葉七字」に、この「越後獅子」を原型として長唄に編曲使用している。 「越路がた お国名物さまざまなれど」から掛詞で越後の地名や風物を歌い込み、次の「向い小山の」で曲想が変り、 次に獅子の絵柄の二枚扇を用いて、井上流のみにある「四季に咲きそう牡丹花の…」の歌詞で、華やかに獅子と胡蝶の場を展開する。 そして「夢の占方」から目出たく舞い納める。
地唄「正月」
軒毎に 色を飾るや三つの朝 すげなき松も笑顔と見えて合風に袖ふる廓言葉 可愛らしさと花の顔 問うて見たいは八重霞合思ひを包む曙に心の謎 かけて見る  来ぬ夜は独り思ひ寝の 焦がるる胸の福沸合神の年越末長かれと 七の社の七草を 囃しそやされ唐鳥の渡らぬ合先に暫しが程も合たった一言後にえと合言ふて別るる宵戎 君が約束たがへずに (合)参りましたと後から 背中たたいて戯れと  酒の機嫌の千代万代の 飾りも恋も打とけてなほ奥深く契りける
作詞者不明 鶴山勾当作曲


地唄「淀川」
送り帰せば淋しき閏も 今は枕に香ばかり残る憂き思い なお怨めしき鐘の声  下行く水の思い川 底の心は白糸の 乱れて物を思えとや 鳥が歌えば も去のと仰るさあほんえ 月夜烏はサ何時も鳴くしょうがえ 暫し止まりてくれよかし
(解説)淀川に舟を浮かべて、遊客の相手をする水辺の遊女の哀切な心情を描いたものである。 「身は浮草の捨てられて 流れしこの身は淀川の なにを便りに浮草の」と川の流れにゆだねる浮草のように、はかなく悲哀に満ちた  遊女の一夜の愛。それも朝の鶏の声と共に無残に崩れ去る。そそくさと、清人は帰って行く。もう、明日の我が身は見請けされてしまうというのにーー、 と嘆く切ない女心が描かれている。宝永期の山下亀之丞、沢村長十郎、岩井左源太らの共作による芝居唄で、上方では曲名を「くだかけ」と俗称されている。 それは冒頭の「春の夜の 夢おどるかす鶏の」に由来しているが、実際には後半の「送り帰せば淋しき閨も」から舞われる 場合いが多い。

地唄「小簾の戸
浮草や 思案の外の誘う水 恋が浮世か浮世が恋か ちょっと聞きたい松の風  問えど答えず山ほととぎす 月やは物のやるせなき 癪にうれしき男の力 じっと手に手をなんにも言わず  二人して吊る蚊帳の紐
(解説)名曲「雪」の作曲で知られる峰崎勾当の曲で、艶やかな情感、そしてしみじみと心に迫る旋律は、夏の夜の恋の想いを描く浮世絵のような世界にふさわしい。この曲のヒロインは「浮草や 思案の外の誘う水」と、小野小町の「わびぬれば身を浮草の根を絶えて誘ふ水あらば去 なんとぞ思ふ」の歌を踏まえて、流れに身をゆだねる、どこか刹那的で、しかも哀しい女として描かれている。 「月やは物の」と、月に寄せて我が身をかこつ西行の古歌を引用するなど、文学の学識を垣間見せるこの曲の作詞者はのぶという南地の芸妓である。享保期の名力士御所桜良兵衛の娘で、三井高長に落籍されて伊勢松阪に移り住んだ時、本居宣長に国文学を習っている。首筋の美 しい女性だったらしく〃首のぷ″と呼ばれた。
地唄「袖の露
白糸の 絶えし契りを人問わん つらさに秋の夜ぞ長きあいだに問い来る 月は恨めし 月は 恨めし 明け方の枕に誘う松虫の 音も絶え絶えにいとどなお 萩吹く風の音信も 聞くやと 待ちて侘びしさの 涙の露の憂い思い 伏してまろ寝の 袖にかわかん
(解説)この曲も峰崎勾当の作曲になるもので、作詞は油屋茂作。契りも絶え果てた恋を嘆き、秋夜憂き思いに沈むという内容で、冒頭の「白糸の 絶えし契りを」は後選和歌集の「節なくて君が絶えにし白糸はよりつき難きものにぞありける」の歌のように、契りが絶えた仲はなかな か元通りにならないことを述べている。又、「荻吹く風の音信も」は新古今集、巻十五恋歌「わが恋は今をかぎりと夕まぐれ萩吹く風の訪れて吹く」を踏んでいる。つまり荻吹く風は、今をかぎりとする愛の別離を意味するわけである。絶えた契りの回復を願っても所詮はかなく、 長い秋の夜も、終夜鳴く松虫の音も憂き思いを増ばかりと、転々として一夜悲しさに涙することを歌っている。
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地唄「猩々」
 よも盡きじよも盡きじ 万代までも竹の葉の酒 酌めども盡きず 飲めども変らぬ秋の夜の盃影も傾く入江に波立つ 足もとはよろよろと酔いに臥したる枕の夢の 覚むると思へば泉はそのまま 盡きせぬ宿こそめでたけれ

(解説) 猩々とは妖精で、「人に似て体は狗の如く、声は小児の如く、毛は長く朱紅色で、面貌人に類いし、よく人語を解し、酒を好む」(広辞苑)という。また肉は珍味であり、食べると足が速くなる効能があるとされた。お能の世界では切能物に属し、季節は九月に属する。幕末に長唄「一人猩々」(既に廃絶)になり、地唄や箏曲を経た後に真国(石橋七助)作詞、都一静作曲の一中節が作られた。さらに明治以降では長唄や高谷伸作詞、三代目清元梅吉作曲の清元や常磐津の曲がつくられた。義太夫は昭和二十一年に大阪歌舞伎座で上演された(野澤松之輔作曲)。水中から現れたつもりで首を左右に振って水を振り切り、つま先を立てた形で水上を歩く「流れ足」、片足ずつ波を蹴上げるように歩く「乱れ足」、酒を飲もうとするところで喜びを表現する形、きまりは赤頭を手にして月を仰ぐ形など、独特の動きをする。その中で、酔った猩々が波間を蹴立てるところを特別に「乱」と呼んでいる。二人の猩々が出る場合、一人の場合、酒売りを出す・出さない場合などさまざまなバリエーションがある。松羽目または川のほとりに芦をあしらった装置で踊られる。このような酒をテーマにした番組が芸能の世界に定着したのは、酒の蒸留技術が確立し大量生産が可能になり、酒が庶民に定着した背景がある。中の舞より前のくだりは次のとおり。「是は唐土かねきん山の麓 楊子の里に高風と申す民にて候 さてもわれ親に孝あるにより ある夜不思議の夢を見る 楊子の市に出でて酒を売るならば 富貴の身となるべしと教へのままになす業の 時去り時来りけるにや次第々々に富貴の身となりて候 又ここに不思議なる事の候 市毎に来たり酒を飲む者の候が 盃の数は重なれども面色は更に変らず候程に 餘りに不審に存じ名を尋ねて候へば 海中に棲む猩々とかや申し候程に 今日は潯陽の江に出でてかの猩々を待たばやと存じ 潯陽の江の辺にて 菊をたたえて夜もすがら 月の前にも友待つや また傾くる盃の影をたたえて待ち居たり 老いせぬや老いせぬや 薬の名をも菊の水盃も浮かみ出でて 友に逢ふぞ嬉しきこの友に逢ふぞ嬉しき 御酒と聞く 名もことわりや秋風の 吹けども 吹けども 更に身には寒からじ 理りや白菊の 着せ綿を温めて 酒をいざや酌まうよ 客人も御覧ずらん 月星は隈もなき 所は潯陽の江のうちの酒盛り猩々舞を舞はうよ 芦の葉の笛を吹き波の鼓はどうど打ち こえ澄みわたる浦風の秋の調べや残るらん」

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