地唄の解説ー2

通う神、桐の雨、 菜の葉、 長刀八島、 鉄輪  袖香炉

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地唄「通う神

田毎に映る月影ならで 夜毎に替はる枕の数の 中に粋あり無粋あり 澄まぬ心に澄む月の 何が辛気の種じゃやら 尻目遣いもよそにして エェ、任せぬ首尾を訳あるように 愚痴なせりふは恋の実 末は野となれ山水の 神に縁を任せなん
(解説)通う神という言葉は江戸時代に遊里で用いられた語で、遊女が客に出す文の封じめに  「通う神」又は「五大力」などと記す習慣があった。通う神というのは道祖神のことであり、道祖神  の守護によって、文があて先に届くのを祈るために書いたものという。このことから道祖神は  恋の仲立ちをする粋な神とも思われた。  地唄の作詞は馬宥、作曲は歌木検校。遊女のやるせない気持ちを唄ったもの。毎夜さまざまな客がやって来るが、其の中には粋な人も  いれば,不粋な人もいる。そんな毎日の中で一向に気がはれない理由はなんであろう。本当は思うままにならない逢瀬を、うまくいった  かのように取り繕っているが、つい口をついて出るぐちに恋の本当の姿は表れてしまう。こうなったら  後は野となれ山となれ、神様に縁を任せよう、といった内容。


地唄「桐の雨」

きりの雨 かかりて袖にぬれ燕  あれみやしゃんせ鳥でさえ なれし所を振り捨てて 知らぬ他国で苦労する 赤児をもうけて はるばると  故郷へ帰る旅の空 しおらしいではないかいな
(解説)作詞、作曲とも不詳。これ以前に地唄の端唄物「濡れ燕」があり  文化五年、正月に大阪角座にかかった山東京伝作「昔話稲妻表紙」を歌舞伎化した「傾城稲妻草紙」の中の  名古屋山三の衣装の絵柄である燕に因み作られた曲で、霧の雨はこの濡れ燕を受けての曲。越冬して春帰る  燕と子を産みに故郷へ帰る身を、燕の季節に降る霧の雨にかけて唄った。上方では多く、舞地として用いられ  江戸ではしっとりした曲調から歌舞伎の下座音楽として縁切りの場によく使われる。井上流には初世井上八千代  、二世八千代の振りがある。吉村流には四世吉村雄輝が先代家元の追善の意をこめて振付けた、扇の忌み明けで  始まる振りがある。尚、吉村流では紋がきりのために「桐の雨」と記述している。


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地唄「菜の葉

可愛いと言うことは 誰がはじめけん  外の座敷も うわの空、(合) もとさままいると示す心のあどなさよ(合) 上上様の痴話文も 別に違わぬ様まいる (合) 思いまわせば勿体なうて(合) 言葉さげたら思うこと 菜の葉にとまれ 蝶の朝
(解説)歌木検校作曲の二上がり物の端唄。若い遊女の恋文のように仕立てて詠んだ唄で  多くの客の相手をしながらも 心は恋しい人を思っているという内容。各流派それぞれの振り付け。手ほどき曲  初心者の曲となっている。


地唄「長刀八島」
 

釣の閑も波の上、霞渡りて沖行くや、  海士の小舟のほのぼのと見えてぞ残る夕暮れに、浦風さえも長閑にて、  しかも今宵は照りもせず、曇りもやらぬ春の夜の朧月夜にしくものはなし、
 西行法師は嘆けとて月やは物を思はする、闇に浮かぶはよかよか浦風でたぞ、  来そぎそ曇れ、又修羅道の鬨の声矢さけびの音震動して、今日の修羅の敵は誰そ、  なに能登の守範経とや、あら、ものものしや手並みは知りぬ、思いぞ出る壇ノ浦の  その船戦今ははや園浮にかへる生死の、海山一度に震動して、船よりは鬨の声、  陸には波の楯、月に白むは剣の光、潮に写るは兜の星の影、水やそらそら行くもまた  雲の波の、打ち合い差し違う、船戦の掛引、浮き沈むとせしほどに、春の夜の波より明けて  敵とみえしは群れいるかもめ、鬨の声と聞こえしは浦風なりけり高松の、  浦風なりけり高松の朝嵐とぞなりにけり。
(解説)能の「八島」によった本業物であるが、吉村流では二枚扇の 男舞の「八島」の他に、「釣の閑・・・から始まるこの官女の女舞の「長刀八島」が残っている。 能のカケリに当たる部分は手事風の合いの手で合戦に明け暮れるさまを表現している

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地唄「鉄輪」
    
忘らるる 身はいつしかに 浮き草の 根から思いのないならほんに誰をうらみんうら菊の 霜にうつろう枯野の原に 散りも果てなで今は世にありてぞつらきわが夫の 悪しかれと 思わぬ山の峰にだに 人の嘆きは生うなるに いわんや年月 思いに沈む恨みの数 積もりて執心の 鬼となるもことわり いでいで恨みをなさんと しもと振り上げうわなりの 髪を手にから巻いて 打つや宇津の山の夢現ともわかざる浮世に 因果はめぐり合いたり 今更さこそ 悔しかるらめさて懲りや思い知れ 殊更恨めしき仇し男を取って行かんと 臥したる枕に立ち寄り見れば 恐ろしや幣帛に 三十番神ましまして 魍魎鬼神は穢らわしや 出でよ出よと責めたまうぞや 腹立ちや 思う夫をば 取らであまつさえ神々の 責めを蒙る悪鬼の神通 通力自在の勢い絶えて 力も弱弱と 足弱車の廻り合うべき 時節を待つペしや 先ずこのたびは帰るぺしと いう声ばかりは定かに聞こえ  いう声ばかりは聞こえて姿は目に見えぬ鬼とぞなりにける。
(解説)  地唄「鉄輸(かなわ)三下り謡い物。作曲者不詳(尾州某作曲という。一説に藤尾勾当とも)。
「新撰詞曲よしの山」(1784、天明4)に詞章初出。
謡曲「鉄輪」のキリの上歌以下の部分(悪しかれと……)を採って、その前に夫に捨てられた妻の心情を表した詞章「忘らるる……」を補ったもの。京都の箏の手は2世・河原崎検校作曲。このほか葛原勾当の手付などもある。
 舞地としても用いられ、井上流では二世八千代の振付か。「忘らるる……」の部分は歌舞伎下座の「鉄輪相方」として用いられる。また「いでいで恨みをなさんと……」の部分は落語「ぺかこ」「嫁おどし」のはめ物にも用いられる。

能「鉄輸」 四番目物。太鼓有り。五流現行。作者不明。曲名初出は一四八七年 典拠は「平家物語」剣之巻。
若い女といっしょになった夫への復習に丑刻詣でをする前段と、貴船の神の助力で鬼に変身し、女と夫を取り殺そうとする後段。
 なまなましい嫉妬の能で、「ノリ地」「中ノリ地」の謡がその執拗な情念をよく表現する。もちろん舞の類はない。 前ジテの中入の謡も緊迫し、「早鼓」で中入する演出もある。 新藤兼人はこのテーマをそのまま映画「鉄輪」に作っている。

地唄「袖香炉」
春の夜の闇はあやなしそれかとよ、 香やは隠るる梅の花、散れど薫りはなほ 残る袂に伽羅の煙り草、
きつと惜しめど祖の甲斐も、亡き魂衣ほんにまあ、柳は緑紅の、花を見捨てて 帰る雁。
(解説) 二上がり端唄 峰崎勾当作曲 餝屋次郎兵衛(百喜)作詞 1875年(天明5)に没した峰崎の師の豊賀検校を追善して、伽羅の香をたくさまを唄う。 歌詞中に「それかトヨカやは」と名が読み込まれる。「教えおく」の歌いだしの替歌もあった。 舞でも、追悼ものに良く使われる

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