地唄舞の解説ー12
   
地唄  山姥  地唄 松尽くし  地唄 浪花十二月 地唄 からくり的
地唄  口切  上方唄 十日戎  地唄 新松尽くし
上方唄  住吉  地唄 閨の扇  地唄 芋頭


地唄 山姥

待つ宵は 三味線弾いて辛気節 泣いてあかせしきぬぎぬの  袖よ袂よ恨み詫び 末はどうなることじゃやら よいやさよいやさ こっちに障りのない操 ただ一筋に糸巻の 締めくくりせし合いの手も 逢うときばかり引き寄せて よいやさよいやさ 愛しかわいも 皆嘘の皮 罰当たれとは誓いてし よいやさよいやさ ぴんとすねてはみすれども ついあやまって張り弱く なぜに女子には生まれたぞ よいやさよいやさ よしや世の中いたずらに  山廻り 一樹の蔭や一河の流れ 皆これ他生の縁ぞかし。 まして我名を夕月の浮世を渡る一節も 狂言綺語の道直ぐに 讃仏乗の因ぞかし。 あら御名残惜しや。暇申して帰る山の 山はもと山 水はもとの水 塵泥積りて山姥となる。 春は花咲き紅葉も色濃く 夏かと思へば雪も降りて 四季おりおりを目の前に 万木千草 一時に花咲いて。 面白や面白や 鬼女が有様見るや見るやと峰に駆けり 谷に響きて今まで此 処に在るよと見へしが、山また山へ山めぐり山また山へ山めぐりして行方も知らずなりにけり
(解説)能の「山姥」は山姥の曲舞を歌って有名になった都の遊女が山中で本物の山姥に会いその舞を見るというものです。 地唄舞では山姥の全身を遊女とし山姥は自分の境涯を語り、季節毎に変わる山の風情を尋ねながら、山巡りをする様子を舞っていたが、連なる山々の向こうに消えて見えなくなってしまいました。 山々の奥深くに住んでいる山姥は、人を襲ったりする恐ろしい鬼女ではなく仙女の様です。その存在は山そのものであり、季節の移り変わりの象徴でもあり、哲学的な存在なのです。 鬼気せまる舞の中にも柔和さがあり、力強さ・スピード感のあるダイナミックな迫力いっぱいの作品と言われています。 遊女だった山姥が廓勤めの昔語りをして山めぐりの舞を舞うとも、逆に座敷で遊女が山めぐりを見せているとも解釈できます。
歌舞伎の世界で山姥は「金太郎」の母となっています
吉村流では伊勢音頭の部分、「待つ宵は・・」から始まり、前段の遊女の艶物と後半の能がかりの山めぐりの舞わけが難しいとされています。

地唄 口切

白雪の 初音は木々にありやせん 色のなまりは見る目の癖か  さればその事いまさらに 花の咎ぞと 知るは初瀬よ まだも芳野の古里寒く 衣かたしくまた折り着せて 起きていなんせな  明日の夜もあるに そんな別れのその後さえも ままの川でも瀬は変われども 花ぞ昔の都の辰巳 今朝の寝覚めに覚めては路次の  塩瀬の音の呼子鳥
(解説)口切とは 新茶を入れて夏の間封印してあった茶壺の口を切る茶道の行事で、陰暦10月初めの 亥の日に行われる。「歌系図」に「辰巳屋平兵衛追善」と記され、その名が「花ぞ昔の都の辰巳」と読み込まれている。「白雪」「初音」 「初瀬」など上方風の美しい茶の銘を織り込み、白梅と鶯、初瀬や吉野など古歌の世界を繰り広げる。歌語を多用した優雅な世界を描きつつも 追善という本曲の性格から故人との別れが主題とされ、それに後朝の別れを掛けて 夜が明けて暫しの別れの女心も読まれている。また 全体に茶事の景をうたっていることから、茶事の見立てという洒落た趣もある。(日本舞踊曲集成より)


上方唄 住吉

住吉の 岸の姫松 我がみての 久しくなりぬ 滝の水 絶えず逢瀬を 松の葉の 色変わらじと こころの丈を 明かして結ぶ 妹背仲 さても よいよい よいやさ
(解説)上方端唄の「堺住吉」とよく混同されることがあるが、吉村では両方に振りが残っている。

地唄 松尽くし
うたい囃せや大黒 一本目には池の松 二本目には庭の松 三本目には下り松  四本目には志賀の松 五本目には五葉の松 六つ昔は高砂の 尾上の松や曽根の松 七本目には姫小松 八本目には浜の松 九つ小松を植え並べ  十で豊久野伊勢の松 この松は芙蓉の松にて なさけ有馬の松が枝に 口説けば靡く相生の松 またいついつの約束を 日を待つ時待つ暮れを待つ  連理の松に契りをこめて 福大黒を見せいな
(解説)新年の辻芸人が歌っていた伝承的な歌詞を箏曲に作曲したもので、有名な名所旧跡の松などを次々と歌い上げ 目出度い数え唄にしたもの。歌詞の面白さに主眼が置かれている。



上方唄 十日戎
十日戎の売り物は はぜ袋に 取鉢 銭かます 小判に金箱 立鳥帽子 ゆではす 才槌 たばねのし  お笹をかたげて 千鳥足 手拍子揃えて 華やかに 舞の手に合わす 締太鼓 誰しも見に行く 花の山  チラと見染めし 幕の内 その花 かたげて 千鳥足 さてまた 芸妓の得て物は 初めにあやづる つゆの蝶  それから 三味線 目もかけず 髪結い ほめたり そしったり 隣から来るのも ああしんど
(解説)正月のお座敷には欠かせない曲です。1番は十日戎の境内で売られていたものを羅列したもので、今でも福笹にくくりつけられたいます。


地唄 閨の扇
閨の扇はな みんな絵空事 逢わぬつらさをこがるるよりも逢うて別るる事こそつらや 秋の扇と捨てられて  わしゃどうにもならぬえ何と思うていさんすことか ゆるがぬように要が大事 サアそうじゃえ 手折れもやせん人心 流れの水に誘われて  浮気にひびく里の鐘 聞けば心も澄みやらぬ 宵の口舌に無理なささめごと言わず語らず胸せまり かねて退こうと思うていさんす心かいな そうかいな  悪性男の面憎や すかぬ おお好かぬ 品よく扇取る袖の 風に靡かぬわが心 聞かば嬉しき君がつま琴
(解説)三下り端唄。元は謡曲の四番目物である『斑女』がベースになっていて、奈河篤助作詞、九世杵屋六左衛門原曲の長唄「仮初の傾城」から地唄に移植されたものであるといわれている。
秋の扇のように捨てられた遊女の、男を恨みながらも、思い切ることができない心を唄った曲。前漢成帝の寵愛の衰えを嘆き自分を秋の扇に比した斑女の唄に基づいている


地唄 浪花十二月
万代も 尽くせぬ御代や明けの春 まず元日の寿や ものもうどうれと初礼者 祝う若菜や七草の  すずなすずしろ神かけて 祈る誓いも若恵比寿 宝納まる御蔵前 吉凶の吉凶の毎年の恵比寿さん ここで御座りますそう 欲に子宝はぜ袋の 中に色めく廓駕籠 ほえかご  わけてしりめもうわの空 のぼる如月初午の 太鼓の富士か朝霞 ばんばに並ぶ奴いか糸のもつれは唐傘の ひいた時つ 引かれつ 彼岸会や ああ涅槃の  ああ床のああしめやかに ああなんまいだぶなんまいだ 名にこそ高き浪花寺 伶人の舞や 笙の音も雲居に近き雛祭り さいつおさえつ小盃 酔うたまぎれや裳裾引かれし潮干の海よ  蛤ならで片思い ちょっと入れ文しましたことは内緒内緒 誰に知らせし卯月の空に 野崎参りの舟と岡 ぞめき詣りははしたなく 巻くや真菰の足に巻き 幟の鍾馗金時の  力も見ゆる菖蒲太刀 雨のあがりに難波の皐月 やいとかこつけ どろつくどんどん しんきの茶屋で 蛍を舞おうよ 提灯の天神祭はささ山崎の 涼みの中を押し分けて  京都烏丸本家びわ葉湯 ばかしにわかのそのあとは もう御?かせわしなや 七夕さんの契りはひと夜 夜ばい星さえ逃げて行く 空に一筋天の川 渡りおおせて八朔や  指をかぞえて松が枝のうらみも晴れて明月の 澄んだ心ではなしどり よろこぶ声も菊月の 後の祭りの宮かぐら すんでいのこの炬燵にも 評判聞いた顔見世の  揃え衣裳の華やかさ 民も賑わう松ヶ枝の 咲くやこの花冬籠り 十返りの花ならん 餅付く音やすす払い 貢納めや絹くばり 言葉もあまるせきぞろに とり集めたる数々の  豆の林で大晦日の 末幾千代と祝い納めん


地唄 新松尽くし
松は常盤の深緑、恵みの風を松島に、波の花咲く磯の松 (合)長閑に春も霞みつつ、小波かおる滋賀の松、(合)土も避けぬる夏の日に、(合)見るも涼しや白雪の、富士野に続く美保の松、 葉月も何時か初瀬山、雲居に冴ゆる月影の、夜すがら宿れや峰の松、末の松山行末までも、色変えぬ操の松、霰、霙の波越えて 空にも通へ橋立の松、又色々の言祝ぎや、老松 若松 姫小松、藐姑射(あこや)の松の御影を頼み、千代万代も活の松
(解説)民俗芸能や寄席の芸能に、松の名所を大黒舞の口調で並べ立て、扇を松に見立てていろいろに組み合わせる 「松尽くし大黒舞」という芸がある。それが地唄に入って祝儀曲とされたが、それ以前に「八千代獅子」を作曲した藤永検校の長歌「松尽くし」がある ので、これを「新松尽くし」といった。山田流のこの曲はその「新松尽くし」の替歌である。


地唄 芋頭
世の中に めでたきものは芋頭  子に子が出来て孫抱いて成人すれば末広や  朝夕黄金の露を浮くらん

地唄 からくり的
面白や 人の行来の景色にて 世はみな花の盛りとも  的のたがはぬ星兜魁(さきがけ)したる武者一騎 仰々しくも出たばかり そりゃ動かぬわ引けやとて かの念力にあらはれし 例の 鐘巻き道成寺  いのらぬもののふわふわと なんぼうおかしい物語 それは娘気これはまた 曲輪をぬけた頬冠り  おやまの跡の色男 立ち止まりてはあぶなもの  見つけられたる泡雪の 浮名も消えて元の水 流れ汲む身にあらねども 変わる勤めの大鳥毛  台傘立て傘 挟みばこ みな一様に振り出す  列を乱さぬ張り肱の 堅いは実にも作り付け さてその次は鬼の手のぬっと出したは見る人の  傘つかむかと思はるる  それを笑いの手拍子に 切狂言は下がり蜘蛛 占(うら)良し 日良し道しるべ よい事ばかりえ
(解説)からくりとは仕掛けのこと。小さな弓で的に矢を当てると、からくり仕かけによって、 さまざまな人形が天井から落ちてくるのです。町の風俗や遊びを題材にしたからくり人形のフワリフワリした不安定な動きのおもしろさがあります。 「道成寺」の清姫から 曲輪をぬけた色男、そして大鳥毛を振る奴、また「羅生門」の渡辺綱などが詠みこまれ、それぞれの個性が洒脱な技巧で舞われます 地唄の中でも、市井の風俗を描いたものとして、異色のある作品の一つです

地唄七福神
そもそも西の宮の戎三郎左衛門丈 色の黒いは大黒伝よ頭の長いは福禄寿 頭巾 頭巾かづいて追い込み姿の爺さん 誰じゃたれじゃ いわねど知れた寿老人 ほていはどぶつ その中で美しいは弁財天よ ほめたれば ほめたれば そこで毘沙門腹を立て なぜほめた なぜほめた 七福神のその中で 弁天様をなぜほめた いうたるがやぼかいなおホホホホ 笑う門には福来たり

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